岩崎恭子(いわさききょうこ)BRAVO
14歳でバルセロナオリンピックで金メダルを取った岩崎恭子(いわさききょうこ)さんがBRAVOで言っていた事。
岩崎恭子「まずオリンピック選手に選ばれて合宿の練習をこなすだけでも大変なんですよ。泣きながら泳いでたんですよ、苦しくて練習が。体中が痛くなるし、あれが最初で最後だと思うんですけど、ゴーグルに涙がたまったっていうのはあの時だけでしたね」
岩崎恭子「まずオリンピック選手に選ばれて合宿の練習をこなすだけでも大変なんですよ。泣きながら泳いでたんですよ、苦しくて練習が。体中が痛くなるし、あれが最初で最後だと思うんですけど、ゴーグルに涙がたまったっていうのはあの時だけでしたね」
●オリンピック予選で自己ベスト3秒縮めて、こういうの後にも先にもないでしょう?
いわさききょうこ「自分で言うのもなかなかちょっと恥ずかしい話なんですけど、ないと思いますね。決勝泳いで見たらとにかく気持ちよくて、かけばかいただけ、けったらけっただけ前に進んでいくんですよ 」
●バルセロナオリンピックで金メダルを取って『今まで生きてきた中で一番幸せです』
岩崎恭子「今でもね、あの名言って言われるんですよ。ホント素直に出てきた言葉ですし、普段の生活の中でなかなか一番て付けるの難しいんですけど、ずーと一番を目指していて、その時にポロっと」
●16歳で世界大会とアジア大会の代表落選
いわさききょうこ「周りの環境とかが変わって騒がれる事は、昔はちょっと新聞に出るってのは嬉しかった。小学生で優勝して地元の静岡の新聞載りましたっていったら、大事に親がスクラップしてくれて、それが嬉しいなと思えたのが、常にマスコミですとか周りに人がいるって状態だったので、それはすごくねイヤだったんですよね。目立つのが嫌いじゃなかったのにすごくイヤになってしまって、そこが水泳のやる気もなくなってしまったところであって」
●その時好きな人もいたわけでしょう?
いわさききょうこ「そうですね」
●会えないとか?
岩崎恭子「そういうのはねあんまりなかったですね。この16歳ぐらいは恋愛はしてたと思うんですけど」
●デートの時金メダルを持って行ったりとか?
いわさききょうこ「しない。私その頃メダルは見たことなかったです。すっごくイヤだったんですよ。10年間ぐらいは多分ね家の金庫の中」
●なんで?
岩崎恭子「メダルを取ったからこういう風なことになっちゃたのかなって」
いわさききょうこ「自分が思い出の場所じゃないんですけど、伸び盛りで楽しく水泳をやってた場所に行った時に『私なにやってんだろう』って2年間の事をやっとなんかメダルというものをネガティブに考えすぎてたなって、取ったものは取ったもので次は次って考えるようになって、何のためにオリンピックを目指すのかっていうところと、金メダルっていうものを初めあんまり意味の分らないまま取ってしまったところがあったので、オリンピックとかメダルっていうものを確かめにっていうんじゃないんですけど、苦しみとかそういうものを知ってから出ないと本当のオリンピックの意味っていうのが分らないんじゃないかなって」
●アトランタが一番オリンピックに出たっていう?
岩崎恭子「そうですね、出たくて出たくて仕方がなかったんですよ、でも選考会の前に近づいてくると、1ヶ月ぐらいはまともに寝れなかったですね、結局最後は寝てたんですけど。でも寝つきはホント悪いんですよ、試合当日はほとんどあんまり寝てない、3時間は寝ましたけど」
いわさききょうこ「ちょうど色んな事を思いながら、試合に対しての思いとかオリンピックに対しての思いっていうか、自分で整理をつけて出た試合だったので、よくここまでがんばれたなって思えたんですよ、結果からいえばダメだったんですけど、でも2大会オリンピックに出場出来たってのもすごく自身になってます今」
●10代アスリートへのメッセージ
岩崎恭子「私は自分らしくあって欲しいんですよね、やっぱり自分が好きでそのスポーツを初めて、もちろん勝ちたくて続けてると思うんですけど、時々言われたりとかそれが傷つく場合もあるし、自分の中で考えてしまうと思うんですけど、ちゃんと好きだって気持ちとその自分らしさってのをずっと持ってて欲しいなと」
岩崎恭子(いわさききょうこ)BRAVO2007年9月20日放送
いわさききょうこ「自分で言うのもなかなかちょっと恥ずかしい話なんですけど、ないと思いますね。決勝泳いで見たらとにかく気持ちよくて、かけばかいただけ、けったらけっただけ前に進んでいくんですよ 」
●バルセロナオリンピックで金メダルを取って『今まで生きてきた中で一番幸せです』
岩崎恭子「今でもね、あの名言って言われるんですよ。ホント素直に出てきた言葉ですし、普段の生活の中でなかなか一番て付けるの難しいんですけど、ずーと一番を目指していて、その時にポロっと」
●16歳で世界大会とアジア大会の代表落選
いわさききょうこ「周りの環境とかが変わって騒がれる事は、昔はちょっと新聞に出るってのは嬉しかった。小学生で優勝して地元の静岡の新聞載りましたっていったら、大事に親がスクラップしてくれて、それが嬉しいなと思えたのが、常にマスコミですとか周りに人がいるって状態だったので、それはすごくねイヤだったんですよね。目立つのが嫌いじゃなかったのにすごくイヤになってしまって、そこが水泳のやる気もなくなってしまったところであって」
●その時好きな人もいたわけでしょう?
いわさききょうこ「そうですね」
●会えないとか?
岩崎恭子「そういうのはねあんまりなかったですね。この16歳ぐらいは恋愛はしてたと思うんですけど」
●デートの時金メダルを持って行ったりとか?
いわさききょうこ「しない。私その頃メダルは見たことなかったです。すっごくイヤだったんですよ。10年間ぐらいは多分ね家の金庫の中」
●なんで?
岩崎恭子「メダルを取ったからこういう風なことになっちゃたのかなって」
いわさききょうこ「自分が思い出の場所じゃないんですけど、伸び盛りで楽しく水泳をやってた場所に行った時に『私なにやってんだろう』って2年間の事をやっとなんかメダルというものをネガティブに考えすぎてたなって、取ったものは取ったもので次は次って考えるようになって、何のためにオリンピックを目指すのかっていうところと、金メダルっていうものを初めあんまり意味の分らないまま取ってしまったところがあったので、オリンピックとかメダルっていうものを確かめにっていうんじゃないんですけど、苦しみとかそういうものを知ってから出ないと本当のオリンピックの意味っていうのが分らないんじゃないかなって」
●アトランタが一番オリンピックに出たっていう?
岩崎恭子「そうですね、出たくて出たくて仕方がなかったんですよ、でも選考会の前に近づいてくると、1ヶ月ぐらいはまともに寝れなかったですね、結局最後は寝てたんですけど。でも寝つきはホント悪いんですよ、試合当日はほとんどあんまり寝てない、3時間は寝ましたけど」
いわさききょうこ「ちょうど色んな事を思いながら、試合に対しての思いとかオリンピックに対しての思いっていうか、自分で整理をつけて出た試合だったので、よくここまでがんばれたなって思えたんですよ、結果からいえばダメだったんですけど、でも2大会オリンピックに出場出来たってのもすごく自身になってます今」
●10代アスリートへのメッセージ
岩崎恭子「私は自分らしくあって欲しいんですよね、やっぱり自分が好きでそのスポーツを初めて、もちろん勝ちたくて続けてると思うんですけど、時々言われたりとかそれが傷つく場合もあるし、自分の中で考えてしまうと思うんですけど、ちゃんと好きだって気持ちとその自分らしさってのをずっと持ってて欲しいなと」
岩崎恭子(いわさききょうこ)BRAVO2007年9月20日放送